「極(きわみ)対談」完全版

さだまさしさん

さだまさしさん

「極(きわみ)対談」完全版

さだまさし氏は2016年11月5日、神宮球場で行われたスワローズ対東京六大学選抜の「明治神宮外苑創建90年記念奉納試合」で国歌独唱の大役を務めた。

さだ「独唱は、自分の声の調子を見極めて、どこで入るか考えなきゃいけないから難しいんです。シーンとした中で一人で歌って。投手と似ているかもしれないけど、開幕投手は絶対にやりたくない。石川君は7度もやっていますよね」

石川「何度やっても、ドキドキばかりです。グラウンドに出たら腹を決めるんですが、それまでは手汗がすごい」

さだ「僕もツアー初日は、ステージの袖で手が震えているときがある。コンサートを4,000回やろうが5,000回やろうが同じ。(2015年の)日本シリーズの開幕戦先発なんて、どんな気持ちだったの?」

石川「あの時だけは泣きそうになりました、うれしくて。14年目でやっとここに来たかと。キャッチボールをしている最中も『やばい、泣いちゃう』って」

さだ「プロに入った年(2002年)から優勝がなかったんだものねえ。僕らにも日本シリーズのようなものがあるべきなんだろうな。若い頃『ミュージックフェア』(毎週土曜午後6時から放送されているフジテレビ系の音楽番組。1964年8月31日に放送が開始され、週間レギュラー番組としては日本最長寿。さだ氏は16年11月16日の放送で97回目の出演となり、男性アーティストの番組最多出演記録を更新中)に呼んでもらったとき、本当にうれしかった。それほどのステータスだった。今では最多出場男性歌手になっちゃいましたけどね。ところで、石川君をはじめ投手に聞きたいのは完全試合をするなら、81球で全員3球三振か、27球で終えるか、どちらがいいんだろう?」

石川「僕は27球です」

さだ「そうなんだ、やっぱり。バッタバッタと三振とって完全試合じゃなく、軽~く」

石川「芯食った、でレフトフライ…で終わりたいですね、全部。打てそうで打てない、バッターが『いつか打てるや』と思っていて、気付いたら7回まで抑えられていた…という投手を、小さな頃から目指してきましたから」

さだ「同じだ。僕もすぐ終わる歌手と思われてやってきたから。ヒットチャートの番組には必ず、その時ピークの人がいて、世間の目はそこに集まる。僕は2番手3番手でずっときている感じ。剛球投手じゃないんでね。目の前のことを一つずつやってきた。石川君に共感する部分があるね」

石川投手も、歌手であるさだ氏もそれぞれの世界のベテラン。いずれは、引き際を考えなければならない時期が来る。

さだ「いつマイクを置くか、僕は簡単なんです。お客さんのために歌っているので、お客さんがいなくなったらやめればいい。たくさん来てくれているうちは、やめるとか考えたら駄目」

石川「自分で引退を決められる選手は幸せだと思いますね。15年やってきて、僕より若い選手が毎年入ってきますが、それと同じ人数がやめていきます」

さだ「僕が駄目になってくればお客さんは入らなくなる。すると(コンサート会場の)キャパシティを小さくするでしょ?その時ですよね。『キャパを小さくしても現役でやりたいですか?君のプライドは?』って言われる時が来るかもしれない。覚悟していますよ。明日ステージに上がる保証はない。だから惜しまない。明日のことを考えない」

石川「僕はボロボロになるまでやりたいんです。大好きな野球を仕事にできているのは最高なので。小さいプライドはありますけど、体が元気で投げられるうちは『いらない』って言われるまでやりたい」

さだ「野球の美しさは敗者ですよ。敗者がどれほど美しいかで試合の価値が決まる。今年の黒田(博樹、広島で現役引退)は永遠に忘れられないかな。もう1試合ってところで、あれだけボロボロになるまでやって…。石川君は、スワローズにとっての黒田のような存在ですよ。最後の最後までボロボロになるまでやってほしいなと思いますね。けがをしないようにやってね」

さだ氏は、石川投手の投球スタイルにも興味津々だった。

さだ「先発投手って、だいたい立ち上がりが悪いじゃない?なんでだろう」

石川「メンタルだと思いますね。若い頃、早い回でマウンドを降りるときに『完投する気なのか?』って怒られて。1人ずつ、1イニングずつ行けよって。結局、150勝もその積み重ねでした」

さだ「球種を増やすのはすごく大変だと聞くけれど、石川君は毎年新しい球種に挑戦しますよね」

石川「今投げられなくても、5年後、10年後に使えるかもしれないと思ってやっています。僕には速いシンカーと緩いシンカーがあるんですけど、今年はその中間のシンカーをと思ったんです。でも難しかったですね」

さだ「それはコントロールが?」

石川「コントロールと、同じ腕の振りで手首が寝たり、立ったりとか。そこを一緒にしないと、打者も見てくる。ただ投げるだけならどんな球種も投げられると思うんですけど。それができなかったですね」

さだ「同じ腕の振りで真っすぐもフォークもシンカーも…って、難しいですよね。草野球で僕もピッチャーをやることがあって、強いチームとやると、相手の三塁コーチャーが、僕が次に何を投げるか言ってくるんですよ。それくらい丸わかりなんだと。ところで、投手は走るのが仕事というけれど、やっぱり走るんですか?」

石川「はい、走ります。山本昌さん(元中日)にも聞いたんですが、『走れなくなったら終わりだ』って言っていました。昔のような距離やスピードでは走れないけど、ちゃんと走れるような体じゃないと駄目だって」

さだ「あまり負荷もかけられないけど、目いっぱい行くこともないと駄目だっていうことか、難しいよね」

石川「ある時、1回でもやるときは目いっぱいやらないと、8割が全力になってしまうんです。ブルペンでも、時には全力で投げていないと、試合で全力で行けなくなるんですよ。若い頃はそれでも全力を出せていたと思うんですけどね」

さだ「若い投手に言いたいこともあるでしょう?」

石川「聞かれたら全部答えるようにはしています。表立っては言えない、コーチではないですし。ただ『もっとこうやった方がいいんじゃない?』って言うようにはしています。ブルペンではすごく良い球を投げる選手がたくさんいるんですが…」

さだ「何が違うの?気持ち?」

石川「気持ちもあると思うんですけどね。二軍では抑えられても一軍では打たれるとか」

さだ「打者でも、実戦になると案外思ったほど打球が伸びなかったりする選手っていますよね。もっとやれるだろう、って」

石川「ただ『えいやっ!』って投げる人が多い。僕は、投手と打者は“タイミングのずらし合い”だけだと思っているんです。いくら遅くても緩急やタイミングをずらせばそんなに飛んでいかない」

さだ「石川君、ストレートは130キロぐらいだものね。それでも抑える」

石川「逆にうらやましいですよ、速い球。どっかに売っていないかなって…」

尽きることのない話題は、石川投手の今後にも及んでいった。

さだ「石川君が目指しているのは200勝!あと5年以内にいきますよね。できれば4年?15勝平均でいけばすぐですよ」

石川「でも、48勝は長いなと思います。20代の頃は投げたら勝てる気がしていました。30歳を過ぎてから、1つ勝つ大変さを感じてきて…」

さだ「どうしてだろう?」

石川「経験で、怖さを感じるようになって。展開を読んでしまうこともありますし、ここで抑えたらとか打たれたら替えられるとか。余計な邪念だと思うんですが」

さだ「自分で試合を組み立てるようになってきちゃったんだ。僕の場合、コンサートで『ちょっと単調になっているな』と早い段階で気づいても、最後に盛り上がればいい。逆に最初が良くても終わりが駄目だと、尻すぼみと思われる。野球とは違いますよね。声は歌えば歌うほど落ちてくるのに、9回になって150キロを投げないといけない感じ。コントロールするのは大変だけど、でも結構、最初から行っちゃう。行き過ぎちゃうと、本当にへろへろになりますよ。そういうことってない?」

石川「僕らは行けるところまでいったら、中継ぎ、抑えに『お願いします』って言えますからね」

さだ「投げていて、最後までいけるな、とかわかりますか?」

石川「調子がいいから抑えられるわけじゃないし、逆に調子が悪い日は慎重にいくから、長い回を投げられることもあるんです。僕らは調整に1週間いただいているので、やはり最低でもクオリティースタート(先発で6回を投げて自責点3以下)は行かないと」

さだ「球数は気にしますか?」

石川「気にしないようにしています。気にしていると、これくらいでいけるとか、そろそろ交代とか、それこそ展開を読んでしまう」

さだ「球数で不思議に思うのは、牽制球が数に入らないこと。走者を背負って一生懸命牽制を投げていれば、それも球数に入ると思うんですよね」

石川「結構強く投げますしね」

さだ「ね?走者がいるときといないときでは全然違いますしね」

石川「全然違います。走者もそうですけど走者の足の速さも気になります。クイックして投げないと、とか。さらにいい打者なら、クイックして良いところに投げないと、とか。もう、目をつぶって〝打ち損じろ!〟って投げるときもあります」

さだ「打ち損じてくれるの?」

石川「あんまりないですね」

さだ「先発投手は本当に大変だと思う。中継ぎは流れで行かされるわけだけど、先発は試合を作る。石川君に『初回で壊れたとき、さださんだったらどうやって立て直すんですか?』って聞かれたことがあります。『すごくかっこわるいことになっちゃったとき、自分の精神の立て直し方をどうしますか?』って。食事をして、お酒を飲んでいるのに、こんな難しい質問。本当に野球が好きな人たちだね」

石川「どうしても気になって」

さだ「僕の答えは『もう忘れるしかないでしょ』って。なかったことですね。気にしていたら次のステージに上がれない。僕ね、アンコール、いわば9回の裏で、ギタリストの大きなモニターにつまずいて転んだことがあるんです。足がモニターから出たまま、緞帳がすーっと下がっていくんですよ。一番かっこいいところで、逆転サヨナラっていう負け方。お客さんが盛り上がって、またアンコール。舞台監督が幕を上げたの。そこでもう1曲歌う勇気ね。でも投手も、1回に3点取られても、そのまま6回までキープすれば同じことだもんね」

石川「そうです。3点取られた後でも、1点を怖がって大量失点することってあるんですよ。さださんがおっしゃったように、切り替えないと、さらにビッグイニングって、結構あるので」

さだ「それから、石川君は大きなけがをしないよね」

石川「プロ入りに入ってからは、ないですね。プロに入ったとき、一番最初に古田(敦也)さんに言われたのは、まずけがをするな、次に敵を作るな」

さだ「そういう意味では完璧だね。敵はいない、石川君を悪く言う人はいないしね」

石川「それはわからないですけど…。ただ、けがをしないことについては、自分のストロングポイントとして、“投げてほしいときにいてくれる存在”でありたい。球は遅いし、人よりどこが優れているかと考えたら、ローテーションを外れないこと。『中4日で行けるか?』と聞かれたら必ず『行けます』と答えたいし、その準備をしておきたい。10勝しても10敗する投手だけど、絶対にローテーションは外れないぞ、という思いはあります」

さだ「チームにすれば、それが一番うれしいよね。計算できる人がいる、連敗が続いたときに石川君が出てくると、事実、何とかしてくれそうな気がする」

石川「今年2ヶ月(一軍を)外れたんですが、外れたときのみんなにかける迷惑も感じた。100何イニング投げる人が抜けたときの穴埋めは、すごく大変。自分にとっても112、3イニングしか投げられていないので、そこはやはり悔しいですね」

さだ「石川君はこの体で、15年間ほとんどローテ守って、最多勝も取った?」

石川「最多勝はないんです、防御率ですね」

さだ「来年いきましょう、最多勝と初ホームラン!」

石川「はい、目指したいですね」

さだ「言っちゃ悪いけど、真っすぐは130キロ台ですよ。これでやって来られた驚異!プロ野球の驚異、奇跡的な投手だと思いますよ。初速が165キロでも打者のところでどこまで落ちるか。130キロでもどこまで落ちないか。きっと石川君の球って、そういう球なんだろうなって。当てられる165キロがあるからこそ、どんなに真剣に打ってもスタンドまで飛ばされない石川君の投球術は本当に尊敬します」

さだ「セ・リーグは今、僅差だと思うんです。今年の広島は本当に投打がかみあっていたし、応援も球史に残る素晴らしさ。でも現実には力の差はない。5位のヤクルトも、来年また優勝のチャンスがある。ファンとしていつでも優勝できると思っていますよ」

石川「昨年最下位から優勝したので、今年も優勝から最下位の可能性もあると思ってやっていました。うれしさも怖さも知ったので、来年が本当に大事。また駄目だとあの優勝は何?となってしまうので」

さだ「6位から優勝したってことは、5位からは日本一だ。僕は今、真面目に、スワローズをテーマにした歌を作りたい。『絵画館』(1996年発表)っていう青春時代の思い出の歌に、『スワローズ』という歌詞は出てくるんだけど。今度はスワローズファンを鼓舞するような…」

石川「本当ですか?」

さだ「いや、愚痴っぽい歌になるかもしれないですけど。ジェームス・テイラーがひいきのレッドソックスの曲を作っているんです(Angels of Fenway 訳すと『フェンウエーの天使』。アメリカのシンガー・ソングライター、ジェームス・テイラーが15年に発表したアルバム『Before This World』に収録。04年に86年ぶりとなるワールドシリーズ制覇を果たしたレッドソックスファンの心情を『バンビーノ=ベーブ・ルースがかけた呪いから、86度も夏が過ぎていった。ブロンクスマシン=ヤンキースの影におびえ、涙とため息で生きてきた』など淡々と歌い上げている)。それがね、ずっと愚痴っているの。ファン心理にぴったりなんですよ。僕も、スワローズを大好きでしようがないんだけど、それでも、ただ『頑張れ、応援しているぞ』じゃない歌を作りたいね」

石川「今からすごく楽しみです。よろしくお願いします」